日本の新型コロナウイルスのワクチン接種はなかなか進まないですね。
高齢者である私の親のところにも、まだ接種の案内すら来ていません。
そんな状況のなか、衝撃的なニュースがありました。
WTOが新型コロナワクチンの特許放棄を提案
ワクチンが進まず感染が拡大している新興国の要望を受け、WTOが提案した「『TRIPS協定』で定められている特許権の保護を、ワクチンに限って一時適用除外とする」という案に対して、2021年5月7日アメリカのバイデン政権が支持すると表明したとのことです。
「TRIPS協定」とは「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定」特許権などの知的財産権保護に関する国際的な協定のことです。
アメリカの動きを受けて、EUも2021年5月7日から始まるEU首脳会議の場で、支持するかどうかを議論するとのこと。フランスは賛成、ドイツは反対の立場で目が離せません。
企業での研究開発は、リスクを取って行っている
新興国のワクチン接種が進まない中で、ワクチンの生産拡大に向けた意見であることは理解できますが、私は技術者のはしくれとして、このような特許放棄の事例が生まれてしまうことは、技術開発に対する歴史に汚点を残すことになると思いますし、別の方策を考えるべきかと思います。
研究開発、特に製薬業界の研究開発は非常に費用が掛かります。製薬業界における売上高に対する研究開発費の割合は、約12%と他の製造業と比べて、際立って高い比率となっています。
研究開発はかけたリソース(人・もの・金)だけのリターンがあるとは限りません。製薬業界に限りませんが、技術が競争優位性を生み出す業界においては、将来見込める収益を展望しながら、それぞれの企業がリスクを取って進めているものなので、これを後出しで「特許を放棄しなさい」と言われても、「ハイそうですか」と首を縦に振れるはずがありません。実際に、製薬会社は猛反発です。
今回、感染が拡大しているため製薬会社的には開発は成功で、結果的に儲かっているのでしょうが、その開発の裏側には多数の失敗が積み重なっているはずですし、SARSのように数か月で完全に制圧できた場合は、まったく収益につながらなかったはずです。
また、エボラ出血熱は収束していないにも関わらず、パンデミックになっていないので。ワクチンは収益が出ているとは思えませんが、人々を救いたいという製薬会社の矜持として開発が続けられているのだと思います。
特許放棄の要請が出されたら
現在提案されているような「特許放棄命令」のような前例ができてしまうと、企業としては、研究開発に投資して、ようやく投資を回収できる段になって「ハイ、その製品、特許放棄ね」と言われるのなら、そんなリスクのあることには、企業としては投資しにくくなります。
おそらく、他の企業が研究開発した製品に、タダで乗っかってしまった方が経済合理性があるので、自由競争に任せると研究開発投資にブレーキがかかってしまいます。これは、経済学の分野でよく語られる「フリーライダー問題」という考え方です。
おわりに
ニュースを見た瞬間、特許放棄って、今の課題に対して意味がある解決法なの?と思いました。
モデルナのCEOも「特許を放棄しても供給量は増えない」と反論しています。我々素人が考えてもそうとしか思えないです。
ワクチンの供給は、生産能力や原材料の調達、品質を保つための生産・管理方法などで制限を受けているとこれまでも報道されてきているので、特許の縛りがボトルネックではないはずです。
仮に、特許料(ロイヤリティ)の問題で貧しい国に行き渡らないことが本質であったとしても、特許権放棄の要請でなく、主要な先進国が新興国を援助する別の枠組みを検討すべきと思います。
今回の「特許放棄命令」のような議論がまかり通ってしまうと、仮にこの新型コロナウイルスがどんどん変異して、今のワクチンの効果が全くなくなってしまったり、パンデミックを引き起こす全く新しいウイルスが出現した際に、新たにワクチン開発をする製薬会社は出なくなると思います・・・
WTOは、ワクチンが新興国にまで行き渡らない本当の課題を直視して、ワクチンを新興国まできちんと届けるにはどうすればよいかをしっかり議論してほしいです。
この報道で、ファイザーやモデルナ株価が急落しました。ファイザーは、私も株式を保有しているので、その点でも議論の行方が気になるところです・・・
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